「鈍感力」という言葉を聞いたことがありますか。私が初めてこの言葉を耳にしたのは、かって総理大臣だった小泉純一郎さんが、当時、総理大臣だった安倍晋三さんを訪ねて、「もっと鈍感力を持ちなさい」と励ましたという話が、話題になった時でした。
「鈍感力」って変な言葉だとは思いませんか。鈍感、すなわち「鈍い」という言葉は一般には、あまりいい言葉では使われません。でも変人とよばれた小泉さんがいうと妙に説得力がありました。それは「周りの人がいうことなんか、あまり気にしないほうがいい。自分の信じる道を進めばいい。そのためには鈍感になることが大切だよ」といいたかったのではないでしょうか。
先日、本屋さんで「鈍感力」という本を目にしたので買ってしまいました。著者は作家の渡辺淳一さんです。どうやら、この言葉を作ったのは渡辺さんのようなのです。いったい何がいいたいのだろうと本を開いてみると、冒頭に、「それぞれの世界で、それなりの成功をおさめた人々は、才能は勿論、その底に、必ずいい意味での鈍感力を秘めているものです。鈍感、それはまさしく本来の才能を大きく育み、花咲かせる最大の力です」と書き記されていました。
私はこれに似た仏教の言葉はないだろうかと考えてみました。そして「忍辱」という言葉があることを思い出したのです。「にんにく」というのは、「辱しめを耐え忍ぶ」ということです。仏道修行の徳目の1つに数え上げられている言葉ですが、私は今までは、これを、ただじっと我慢することだと考えていました。だけど、忍辱が鈍感力と同じことを意味するのだとしたら、気持ちは、ずっと楽になります。相手から、なんといわれようとピーンと来ないのですから、落ち込むことはまったくありません。
だからでしょうか、お医者さんでもある渡辺さんは、「人間の五感など、様々な感覚器官において、鋭すぎることはマイナスです。鋭い人より鈍い人のほうが器官を消耗することもなく、よりのんびりとおおらかに、長生きできるのです」とも書いてくれているのです。
いやあ、勉強になりました。どちらかといえば、「あんたは鈍い、鈍感だ」といわれることが多い私ですが、これも仏さまの教えに通じているのだと思えば、なにか自信が湧いてきました。すると女房からは、こう言われたのです。「あんたって、本当に鈍いのね。この言葉は、気配りしすぎて自信を失っている人にいっているものなのよ。そこに気づいてほしいものだわね」と。
