先日、数名の警官がお寺にやって来ました。何事かと用件を尋ねると「近頃、お寺や神社に、盗難事件が多発しているので用心するように」との内容でした。そういえば、かって、私のお寺にも、夜中に本堂のガラスを破り、泥棒に入られた事がありました。その時は被害は少なかったものの、その犯行現場を見て、家族みんながショックを隠せませんでした。私が、「夜は本堂には誰もいないからなあ」というと、「誰もいないからよかったんじゃない。もし誰かいて、危害を加えられたらどうするのよ」と家内が反論しました。いわれてみればその通りです。広い境内に比べれば、住んでいる人間の数か少ないのがお寺です。万が一のことを考えて、安全対策に頭を悩ませています。

 

 ところで、この事件の後、私にはちょっとした後遺症が残りました。それというのも、お寺にはいつも不特定多数の人がやって来るからです。「誰にでも気楽にお詣りしてもらえるお寺でありたい」というのが、先代住職からの方針ですから、昼間は本堂は開けっ放しです。だから、お賽銭泥棒にやられたとしても「それくらい気にしない、気にしない」と物分かりのいいようなふりをしていたのですが、ついつい見知らぬ人を見かけると、「あの人、本当にお詣りに来たのだろうか」と疑心暗鬼になってしまいました。お坊さんが、人を疑ってはならないと思いながらも、「私にはお寺を守る責任がある」とその正当性を主張したくもなるのです。まさにハムレット。

 

 そんな私の悩みを、ある檀家の奥さんに打ち明けると、相手は笑いながら、「あら、お上人さんもですか」といいました。実は、この奥さんの家は、最新式のセキュリティシステムのマンションです。ドアには警備会社のステッカーも貼られています。

 

 ある日のこと、私が風邪を引き、この檀家さんのご法事にお伺い出来なくなり、友人のお坊さんに代役を頼んだことがありました。ブサーを押し、来訪の旨を告げる友人に対し、相手はなかなかドアを開けてくれなかったのだとか。「だって、モニターに映るお坊さんの顔が、お上人の顔じゃなかったでしょう。私は、また新手の詐欺じゃないかって、とても不安だったんですよ」と。今では笑い話で済ませられるものの、次々に起こる事件を思えば、この奥さんの気持ちが理解できないわけではありません。「どうか、あのお上人には、くれぐれもよろしくおっしゃって下さいね」と手を合わせる奥さん。私は、「お互い、用心はしなければならないけど、心までカギをかけてしまう人間にはなりたくないですね」と自分に言い聞かせるように答えたのでした。

 

 ※後日談、盗難事件の後、お寺もセキュリティシステムを導入しました。でも、先代住職の方針である気楽にお詣りできるお寺でもありたいと思っています。