西洋のことわざに「牛乳を飲む人よりも、配達する人の方が健康になる」というのがあります。
牛乳が栄養価の高い飲み物であることは、いうまでもありません。でもそれを飲む人よりも配達する人の方が、もっと健康になるなんてウィットに富んだ言葉だとは思いませんか。実は、この言葉が言おうとしていることを、私はつい最近、身をもって体験したのです。


 年のせいと言われれば、それまでですが、ぎっくり腰をやってしまいました。立ちも座りもできないような状態は経験した人でなければ分からないでしょう。なんとか早くこの苦痛から脱したいと思って病院通いが始まりました。


 ウォーターベッドに乗ったり、電気パットの治療を受けたり。でも、何よりも信頼感のあったのはマッサージ師による治療でした。機械の治療も、それなりの効果はあるでしょうが、なんといっても人間の手による治療は温かみがあります。言葉を変えていうなら、血が通っている治療だといってもいいでしょう。


 治療を受けながら話をすることが楽しみとなりました。私よりちょっと年上の男性でしたが、体だけでなく心まで揉みほぐしてくれる気がしたのです。


 ある日のこと、私は彼にこんな質問をしました。「毎日、毎日、大勢の人をマッサージしていて、自分の肩がこることなんかないんですか」、これに対して彼は「お客さんをマッサージしていて、一番健康になるのは私なんですよ」という答えを言ったのです。


 「どうしてですか」と尋ねる私に、「マッサージは指を使いますよね。この指先を刺激することが健康には一番いいんです。それを毎日何時間もやらせてもらってるんですから、肩がこるどころか、元気溌剌。その上、お礼までいただけるんですからね」と答え、私を笑わせしました。もちろん、こんな人ばかりではないでしょうが、こんな考えで仕事をするなら、心も体も健康になるに違いないと私は妙に感心したものです。


 そういえば、お坊さんの私もお経を読み、功徳を積ませてもらっているのに、お布施までいただいてと反省したりもしました。


 お釈迦さまは「他人(ひと)に役立つ喜びこそ、自分を一番幸せにする」とお説きになっています。


 西洋のことわざだけではありません。昔はどこの小学校にも建っていた勤勉少年のモデル像、二宮金次郎、尊徳さんだって「風呂の湯は手で向こうにおしやってこそ、こちらに戻ってくる」という意味深長な言葉を言い遺しているのですから。