牛が水を飲めばミルクとなり、蛇が水を飲めば毒となるという言葉があります。同じ生き物なのに蛇はどうやら悪役で登場することが多いようです。牛は、お釈迦さまの国インドでは、神様のお使いとして今なお篤い信仰の対象となっています。

 

 はてさて、そのお釈迦さまが、お弟子のアナンをお伴に山道を歩いている時のことでした。ふと茂みのほうに目を移されたお釈迦さまは、「アナンよ、そこには毒蛇が潜んでいる。まっすぐに歩くがよい」とおっしゃったのです。これをお聞きしたアナンは「はい承知いたしております」と素直にお釈迦さまの言葉に従いました。

 

 ところが数歩遅れて歩いていた男が、この言葉を耳にして、思わず茂みのほうに目をやると、何かピカピカ光るものが目に飛び込んで来ました。近づいてみると、なんと金・銀・宝石の入った革袋が口をあけて転がっているではありませんか。「なんだ、蛇なんていって驚かしやがって。こんな結構な物を放っておく手はない。ありがたく俺さまが頂戴しておこう」と誰もいないのを幸いに懐に入れてしまったのです。

 

 男は、早速これを町に行って売り、遊びまわりました。そんなことが噂にならないはずはありません。実は、その革袋は山道を通っていた王さまの牛車からこぼれ落ちたものだったのです。男は王さまの家来に捕まり、残った宝石は全部取り上げられてしまいました。

 

 「お前は泥棒だ。みんなの見せしめのために明日の朝、即刻死刑にする」との命令が下りました。牢獄の中に入れられたこの男は、「ああ、あの修行者のいうとおりだった。俺は宝物という毒蛇に心を奪われてこんな目に遭ってしまった。あの時、まっすぐ歩いていさえすれば間違わずにすんだのに」と嘆き叫んだのです。

 

 そして翌朝、王さまの前に連れていかれた男は、すべてをあきらめていました。槍で突かれるのか、刀で首をはねられるのか、そう思って顔をあげると、なんと王さまの横にはあの修行者たち、すなわちお釈迦さまとアナンがいるではありませんか。王さまは言いました。

 

 「世尊(お釈迦さまの尊称)よ、私は昨日の夜、牢獄で叫ぶこの男の嘆き声を耳にしました。どうかこの蛇の毒を牛のミルクに変えて下さいませ」と革袋の宝物をお釈迦さまに供養しました。そして男のほうに向き直り、「私は、これで救われた。もちろんお前もだよ」と解放してやったのです。

 

 仏さまの教えを、暮らしに活かすいのちの水にしたいものですね。