「正直者は損をする」という言葉があります。

 

義理も人情も紙のように薄くなった現代、人をだましてでも自分の利益を守ろうとする人が増えています。新聞やテレビニュースでもそのような事件をよく目にします。ばれないつもりでいても、いつかは悪事は露見するというのも天の摂理のようです。

 

そんな暗いニュースの中から、私は〈喜んだ被害者〉というホットな記事を見つけ出しました。

 

イギリスに住んでいる一人の日本人が車を運転中、誤って、停まっている他の車にぶつかり小さな傷をつけてしまいました。夜中の事、まわりに見ている人がいるわけでもなし、彼はこのまま知らんふりをして逃げようかと思いました。こんな経験は誰にでもあることです。でも彼は、それでは後味が悪いと思い直し、カバンから紙切れをとり出すと、ぶつけてしまったことを詫び、その下に自分の名前と電話番号を書いて、被害者の車のワイパーにはさんでおいたのでした。

 

家に帰っても気が気ではありません。すると十二時過ぎ、ジリリンと電話がなりました。被害者からの電話です。どういって謝ろうかと思って受話器をとると、「サンキューベリマッチ」という声が耳に入りました。怒鳴りつけられても仕方ないと思っていた彼はびっくりしたのです。でも相手はこう続けます。「よく知らせてくれたね。ありがとう。これが一番大切なことなんだ」。彼がいくら「修理の費用を請求してくれ」と言っても、相手は「気にするな」と受けつけてくれません。やっとのことで住所と名前を聞き出した彼は数日後、被害者の家を訪れました。歓待してくれたことは言うまでもありません。大柄で人のよさそうな被害者が別れる時に言いました。「これからも君に困ったことがあったら、声をかけてくれないか。ぼくでよかったら、いつでも力になるから」と。相手の差し出してくれた大きな手のぬくもりを彼はいつまでも忘れられないと書いてありました。

 

 この記事を読んで私は、遠く離れた外国で暮らす日本人青年の嬉しい感激が胸にジーンと伝わってきました。もし、あの時彼が、ごまかして立ち去ったら、こんな素晴らしい人情には出会えなかったでしょう。

 

 私は、「正直者の頭に神宿る」という言葉もあるのだと、ふと思い出したのです。