賞味期限というのは、その食べ物が美味しくいただける時期を保証している表示のことをいうのでしょう。言葉を代えるなら、その期間なら安心して口に出来るということなのでしょうが、偽装表示が次々にマスコミを賑わせ、テレビの画面には、経営者の人たちが、米搗きバッタのように頭を下げる姿を何度も目にします。

 

「有名なメーカーや伝統のある店までもが、あんなインチキをやっているなんて許せませんね」と檀家のお婆ちゃんが憤懣やるかたないといわんばかりのセリフを吐きました。「こうなったら、なにを信用していいのか分かりませんよ」というお婆ちゃんに、「でも疑ったらきりがないでしょう」といったのは私です。

 

 その私の言葉に意外そうな顔をして、こちらを向いたお婆ちゃんに、「だって、お寺のお供えを下ろすと、ほとんど賞味期限は過ぎていますからね」と私はいったのです。

 

 子どもの頃の話になりますが、檀家さんが仏さまにお供えして下さった果物やお菓子を早く食べたいと思っていても、母からは、「まだ、だめよ。お供えは仏さまに上げて下さったもので、あんたにくれたものじゃないのよ」とよく叱られたものです。そして、「もう下げていいわよ」といわれた時には、果物はスカスカ、お菓子はバサバサという体験を随分としたものです。

 

「今なら、賞味期限を盾に、早く食べようよと言えるかもしれないけれど、あの頃は、そんな表示はなかったですからね」というと、「そうですね、その通りです」といったお婆さん。その時、なにを思いついたのか、「それじゃあ、お上人さん、お供え物の賞味期限は、いつだとお考えですか」と逆襲してきました。「どんなに美味しい物をお供えしても、仏さまやご先祖さまが、実際にそれをお食べになるわけではないでしょう」とお婆さんはいうのです。

 

 ここで答えを出せなければ、今度は、私が米搗きバッタのように頭を下げなければなりません。困ったなと思った時、ふと頭に浮かんだのは、あるお経のこんな言葉だったのです。

 

 そのお経には、「亡くなった人に供養すると、七分の一が相手に届き、残りの七分の六は供養した本人に返ってくる」と記されていました。そこで、「賞味期限と書かれていても七分の一の期限に、すなわち出来るだけ早く下ろし、仏さまやご先祖さまと一緒に美味しくいただくことです」と私は答えたのです。

 

 この解答にニコッと笑ったお婆ちゃん。「要は仏さまが与えて下さっている食べ物を粗末にしないこと。お上人さん、あんたは、それが大事なことといいたいんじゃないんですか」と納得した顔をしてくれたものだったのです。