『ローマの休日』・「テファニーで朝食を」などで知られる、イギリスの名女優、オードリー・ヘップバーンの言葉です。

 

「幸福のこんな定義を聞いたことがあります。『幸福とは、健康と物忘れの早さである』ですって!わたしが思いつきたかったくらいだわ。だって、それは真実だもの。」

 

 「幸福とは、健康と物忘れの早さである 」いい言葉だな、早速、お寺の掲示板に載せようと、いつものごとく家人に評価を尋ねると、「幸福とは健康って、いうところはわかるけど、物忘れの早さである、ってところは、もっと説明がいるのではない」 との指摘がありました。なるほど、そう言われてみれば、「物忘れの早さ。」というところに、少し引っかからないでもありません。私も近頃、物忘れがひどくなり、認知症の前兆なのではと心配したりもします。でも、皆さんおわかりのように、この場合の「物忘れの早さ」の意味は、少し違います。私たちは、つらい事・悲しい事や、楽しいことや嬉しいことなど、たくさんの体験をしながら生きています。楽しいことはともかく、悲しいこと、辛いことは、引きずりますよね。オードリーは、いつまでも考えてクヨクヨしても始まらない。過ぎたことは早く忘れて、未来を向いて生きていこうとのメッセージを伝えたかったのでは。

 

 1929年5月4日生まれのオードリーは、5歳の時、英国の寄宿学校に入学しますが、両親は離婚し、苦しい生活が始まります。オランダへ移住したオードリーは、国土を占領されてしまった、ドイツ軍に対する抵抗運動に参加し、運動の資金集めのためにと、得意のバレエを踊ります。同じ時期、オランダに亡命していた、『アンネの日記』の著者として知られるユダヤ系少女のアンネ・フランクとオードリーは同い年で、戦後アンネのことを知り、ひどく心を痛めます。その後、ロンドンに移住。生活を支えるために映画やテレビ、舞台の端役の仕事を始めます。そこでチャンスがおとずれ、女優の道を歩み始めるのです。1989年に女優業を引退し、残りの人生を国際連合児童基金(ユニセフ)での仕事に捧げました。ユニセフ親善大使として1988年から1992年まではアフリカ、南米、アジアの恵まれない人々への援助活動に献身しています。オードリーの晩年の活動は、オランダ時代の苦しい体験や、アンネ・フランクの生き方に大きな影響を受けたのではないでしょうか。最後は、スイスのトロシュナの自宅で1993年1月20日、63年の生涯を閉じました。

 

冒頭の彼女の言葉は、オードリー・ヘップバーンの生き様を知ると、大きな意味を持ってくるのではないでしょうか。